どうして生き物は老化していくのか?老化を止めて不老不死となることは可能なのか?
それは長らく人類の謎であり一つの到達点でもありました。例えば古代中国の始皇帝は不老不死を求めて辰砂(しんしゃ)と呼ばれる水銀を含んだ丸薬を飲んで命を落としたそうです。古来は錬金術や宗教的思想を用いて解明しようとしましたが、科学が発達した今日では老化の遺伝子的分子的メカニズムが明らかになりつつあります。なかでも老化が早く進行する早期老化症が注目されており、その中からいくつかご紹介します。
1. ウェルナー(Werner)症候群
5-6万人に1人ほど確認されている珍しい病気で、意外にも患者の7割は日本人だそうです。この病気の患者は20~30歳までに急速な老化(毛髪異常、嗄声、白内障)、30代以降に糖尿病、骨粗鬆症、悪性腫瘍などを発症して平均死亡年齢は46歳と短命な経過をたどります。
この病気はWRN遺伝子の異常によってDNAヘリカーゼの一種(WRNヘリカーゼ)が機能不全になることで引き起こされることが分かっており、WRNヘリカーゼはDNAの二重らせん構造を解くことで異常DNAの除去などDNAの修復に関与しゲノム安定性の維持に貢献します。またWRNヘリカーゼはテロメアの短縮を抑制する作用も報告されています。テロメアにはT-loopとよばれる投げ縄のような構造があり、損傷に弱いDNAの最末端をループ内に隠して守る目的があるとされます。細胞分裂時はこの部分も複製される必要があり、WRNヘリカーゼはそのためにT-loopを解きほぐすことが分かっています。Werner症候群では複製時のT-loopの解きほぐしがうまくいかずにテロメア長の欠落が起き老化が促進されるのではという説があります。
2. ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)
400~800万人に1人の割合で生後6か月から2歳に発症します。特徴的な相貌(顔貌禿頭、脱毛、歯牙の形成不良、尖った鼻、小額)を呈し、動脈硬化や糖尿病、白内障など合併し平均寿命は13歳程と言われています。
この病気は核膜の裏打ちタンパク質であるラミンに関するLMNA遺伝子の変異が原因とされています。通常LMNA遺伝子から転写翻訳を経て形成されたラミンの前駆体(プレラミン)は修飾を受けてファルネシル基が付与されます。このファルネシル基によってプレラミンは核膜内側壁へと誘導され、最終的にファルネシル基の一部が外れることで成熟したラミンAとして核膜の裏打ちタンパク質となります。HGPS患者ではLMNA遺伝子の異常によってファルネシル基が外れなくなることで異常ファルネシル化ラミンA(プロジェリア)が核膜に蓄積してしまいます。これによって起こる核膜の構造異常、細胞内シグナル伝達異常、DNA複製・転写異常が老化促進につながるという説が提唱されています。
その他にも、DNA修復機構が欠損することで発症する色素性乾皮症(Xp遺伝子)や毛細血管拡張性失調症(ATM遺伝子)なども早期老化症として考えられています。
こうしてみてみるとDNAの修復機構やテロメアなどに関する異常によって老化が促進されているように思えます。しかしHGPSのように核膜の構造異常でも起こることから老化には単にDNAの異常ではなく、その他にも多くの因子が絡んでいるのかもしれません。これから先、老化の謎がもっと解明されていくかもしれません。
不老不死の薬が開発されるのはそう遠い未来ではないのかもしれませんね…
(文責 土屋一也 2020/03/04作成)
【参考文献】
・石井冬木(2002)「老化研究の最前線」Springer
・難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/entry/217
・Akira Shimamoto, Werner Syndrome-specific induced pluripotent stem cells: Recovery of telomere function by reprogramming, 2015
・Nuclear Envelope and Aging http://flipper.diff.org/app/pathways/info/4981
・Thomas Dechat, Nuclear lamins: major factors in the structural organization and function of the nucleus and chromatin, 2008
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